そのおばちゃんたちの質問にテキパキと答え、指示を与え、また時には注意をしている男性がいた。この男性こそ、朝市の創設者であり会長の達富鶴己さんだ。もともと椎茸栽培を35年やってきた達富さんは、目的作物を専業で作っている兵庫県も認めた模範農家。
「朝市のことは淡路、猪名川、篠山など県下の先進地で見て、知ってました。」
達富さんは、作った作物を売りたい人が自由に持寄れる、そんな自然発生的でフリーマーケットのような朝市をやりたいと考えた。自らの土地を提供し、建物も3年かけて自分で建てた。
オープンは平成11年の7月20日。今でも河内土曜朝市は組合組織にはしていない。あくまでも県の指導を受けてのグループ活動である。
組合の弊害を達富さんはこう語る。
「皆から選ばれた組合長や役員では身動きとれない。指導も注意もやりずらい。批判を気にしてしまうからです。私は単なるグループの代表ですから、教えることも褒めることもできるし、遠慮なく叱りもします。」
現在但馬1市6町に36ヶ所の朝市があるが、県の指定を受けているのは河内と豊岡のコウノトリ朝市だけとのこと。
朝市が口コミで広まり忙しくなるにつれ、達富さんも普及センター等、県の要請による仕事が増えてきた。様々な指導・助言・協力・参加の依頼が舞い込む。椎茸も3年前にやめた。
達富さんは決して来るものを拒まない。現在河内の他、三原、森本、そして竹野地区の会員もいる。
今では久美浜からカキを持って来る人、香住から魚やカニを売りに来る人もいる。
オープンの日のことを、達富さんは懐かしそうに話してくれた。
「今でも忘れられません。その日の売上は28,000円。でも額は問題じゃない。だって初めて、自分の作った物を客に直接手渡して、お金をもらったんですから。そりゃもう、みんなが感動しましたよ。」
今ではわざわざ遠方から買いに来るお客さんもいる。
中には加古川から何と朝4:30頃来るご夫婦も…。
「いつも笑顔で応対してますよ。だからほら、みんな元気だし、生き生きしてるでしょ。」
達富さんを中心に、皆が本当によくまとまっている。
ここでは、皆が、家族なのだ。
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