作ればすぐに売れてしまうコンニャクがある。
町内の旅館民宿はもちろん、隣町・城崎の大手旅館にも。また数は少ないが、竹野駅前の朝市でも大好評を博している。
そのコンニャクとは…。
「刺身コンニャク」と呼ばれる、すべて手づくりでしか、また一度に少量しか生産できない高級品だ。このコンニャクづくりを、コンニャクイモの生産から、加工・出荷・販売まで一手に担っているのが「竹野町こんにゃく生産組合」である。
現在、約30名。コンニャク玉を作っている人が全て組合員。とても解りやすい。
加工部長の山本瑞子さんに話を聞いてみた。
山本さん自身、大のコンニャク好き。きっかけは何と戦後までさかのぼる。
終戦当時、お腹を空かせた小学校5年生だった山本さんに差出されたイビツな黒い塊。恐る恐る食べてみる…「おいしい!」それがコンニャクとの出会い。
「何ともいえず美味しかった。いっぺんに私はコンニャクが好きになりました。」優しそうな目を細めて、笑った。
組合創設には、今から10年前、浜田組合長や吉岡町長(当時は町議)が尽力した。広島へ視察にも行った。減反対策の一環として話が持上がったのだが、コンニャクを選んだのは、天敵イノシシがコンニャク玉は食べない、つまり畑を荒らされにくいからだという。
コンニャク作りは正に忍耐と気遣い、そして苦労の連続だ。
毎年5月に生子(きご)を植えるのだが、コンニャク玉として使えるのは3年子、4年子だけ。気長な仕事である。管理と世話の大変さが伺い知れる。
また春になると、味が変わってしまう前に芽を摘み、切って、茹でて、冷凍保存という一次加工をしなければならない。
そして、主に寒い冬を中心に、作業を行なう。30分茹でては冷たい水に1時間さらす。重労働だ。
「今は町が良い機械を買ってくださったので随分楽になりました。」山本さんは、もう一つの主力商品「糸コンニャク」の半機械化された加工を見せてくれた。糸コンニャクは鍋材料として不可欠。
多くの旅館民宿を抱える竹野町では、冬に糸コンニャクづくりのピークを迎える。とかく脇役として扱われがちなコンニャクだが、この組合が作るそれは、美しい艶と肌をもち、とても優しくやわらかな歯ごたえと風味。
一品料理として十分主役になり得る。願わくばもっと多くの人にこの味を知ってもらい、かつての山本さんがそうであったように、「コンニャクが大好き」な人を、もっともっと増やしていってほしいと思う。 |